生誕〜入滅 |
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<ルンビニ案内板> |
ブッダの生誕と入滅の地へは国境を越えバナラシーからブッダ生誕と入滅の地へ向かう。 ネパールのルンビニはブッダ生誕の地で、スノウリからバスで1時間半ほどだった。 そして、ブッダ入滅の地はクシナガルで、いずれも田舎の村だ。 そのブッダの生誕と入滅の地を続けて訪れることになった。 ネパールへの国境越えは、スノウリから入った。 イミグレーションで話を聞くと、3日間で戻ってくれば、 30ドルでヴィザを発行してくれるという。 インド人にくらべると、ネパール人は、目の輝きというか、 たくましさや、人々の活気がないように感じた。 他国の援助なしでは、ネパールは成り立っていかないという。 これといった産業もなく、そういったものも影響しているのかもしれない。 ルンビニのブッダ生誕の地は、大きなエリアになっており、 ネパール政府も、ここを一大観光地にしようと、整備が進んでいる。 歩くには、かなりの距離があったが、ぐるりとまわってみた。 仏教国のそれぞれ独特な寺院がたくさん建っている。 その中でも、エリアの中心で、一番大きく、ひときわ目立つのが、 日本寺妙法寺だった。白いドームが目新しい。 ブッダの足跡といわれるものがあり、 白い建物の中で、ガラス張りの仕切られた中をのぞきこむと、 それらしいものが見える。あまり詮索せず、ありがたく手を合わせた。 その建物の横には、アショカ王の残した石柱や、 菩提樹の大木が、どっしりと立っている。 ルンビニからバスとジープを乗り継いで、4時間半、 ブッダ入滅の地クシナガルに到着する。 涅槃堂は、黄金のブッダの涅槃像が安置されていた。 ロウソクと線香をあげ、数珠を持って、手を合わせる。 やっとブッダにお会いすることができたという思いと、 自分も、人のために、何かこれから、 させていただきたいという気持ちがわいてきて、 目から、涙がドッと出てきて、止まらなくなった。 おまけに、鼻水はダラダラ流れるし、本当に大変だった。 気がつくと、老人が寄ってきて、お祈りの仕方を教えてくれ、 涅槃堂の裏にも、大事なところがあると、案内してくれた。 ヒンズー教のインドで、ブッダがすごくインド人に自然に溶け込んでいる。 マトゥラーの寺院で見たブッダの像のことを思い出した。 気持ちが落ち着いた後、ブッダが火葬された場所も訪れた。 火葬の跡に建てられたといわれる ラーマーバルと呼ばれる大きな塚があり、 地元の子ども達が、先生の引率で、遠足に来ていた。 |
<ルンビニ> |
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<涅槃堂> |
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<ラーマーバル> |
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